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執筆・台湾

2010年3月25日 (木)

【宮家邦彦のWorld Watch】分かっていても言わないこと 産経新聞2010年3月25日朝刊

詳しくはこちらをお読みください。

2008年5月20日 (火)

【執筆】馬英九の台湾総統就任~真の意味を考える4つの視点 日経BPNet 2008年5月13日掲載

5月20日に就任した馬英九・新総統についてちょっと視点を変えて書いてみました。オリジナルは「馬英九の台湾総統就任」をご覧ください。



第84回(2008年5月13日)

馬英九の台湾総統就任~真の意味を考える4つの視点

(宮家 邦彦=AOI外交政策研究所代表)

 5月20日、馬英九が台湾の新総統に就任する。

 3月の総統選挙に対する識者の見方は様々だ。例えば、「有権者は腐敗した民進党の独立志向よりも、国民党による経済振興を求めた」、「1996年の教訓を生かした中国こそが真の勝者だ」(関連記事)、「馬政権は対中融和を進め、日本は台湾に対する影響力を失うかもしれない」といった具合である。



 しかし、台湾の総統選挙を中台経済関係や台湾独立の是非といった狭い次元で捉える限り、馬英九当選の真の意味は見えてこない。今回は4つの異なる視点から選挙結果を検証する。(文中敬称略)





李登輝の総統当選で、台湾の「台湾化」が始まった 台湾には懐かしい思い出がある。外務省入省前の1976年に戒厳令下の台北で、中国語を勉強したことがあるからだ。短期間ながらホームステイも経験した。当時現地で入手した世界地図によれば、台湾は「中華民国台湾省」であり、中国大陸は「共産党が占領中」とあった。なるほど、冷戦とはこういうものかと、学生ながら妙に納得したものだ。



 当時の台湾は国民党の一党独裁である。まだ台湾独立運動は地下に潜っていた。台湾人の友人からは、人口の6割強は台湾人。残りは、2割強の客家人(ハッカ)と1割の外省人(大陸出身者)で、それぞれ言葉、生活、考え方は微妙に異なると教わった。



 それから20年後の1996年、再び台湾を訪れた。台北の街並みは一新され、人々は豊かになった。友人たちは台湾人意識を一層強めていた。その年の民主的選挙で李登輝が当選した。ようやく台湾の「台湾化」が始まったのだと実感した。



 以上が筆者の台湾に関する原体験である。昔話はこのくらいにして、総統選挙の話に戻ろう。



民衆の視点:台湾独立は選挙の争点だったのか 冒頭述べたように、日本では「陳水扁の下で台湾経済は停滞し、有権者は台湾独立よりも経済の活性化を望んだ」とする見方が多い。果たしてこれは本当なのか。



 まずは、「台湾人意識」に関する数字を見てみよう。米国Zogby社が本年2月に行った調査によれば、「現在の台湾は独立した主権国家であり、国連加盟国となるべきだ」と考える人が89%もいる。自らを「台湾人」と考える人は71%、「台湾人と同時に中国人」と考える人は21%。自らを「中国人」と考える人は5%しかいない。台湾の各種世論調査でも中台関係の「現状維持」を望む声は8割を超えている。



 この結果は実に興味深い。特に、「台湾人・中国人」意識は、1976年に教わった「台湾人6.5:客家人2.5:外省人1」の割合とも見事に符合する。台湾経済の良し悪しにかかわらず、過去4回の民主的総統選挙を通じて、「独立も統一も求めない」台湾人意識はほぼ確立したと言ってよいだろう。



 「独立」はもはや選挙戦の争点ではなかった。だからこそ、チベット問題が民進党にとって「追い風」にならなかったのだ。馬英九の国民党はこうした民意を正確に理解していたと思う。その意味で、今回の選挙は伝統的な「共産党・国民党関係」が本質的に変化し始めたことを示すものかもしれない。



伸び悩む台湾経済 次に経済指標を見てみよう。陳水扁が総統に就任した2000年ごろから失業率は急上昇し、1人当たりGDPも伸び悩んだ。最近やや持ち直しているものの、90年代に同じく急成長を享受した香港、シンガポール経済と比べれば、台湾経済の停滞は明らかである。特に、ここ数年の間に1人当たりのGDPで韓国にすら追い抜かれてしまった。台湾経済界のショックは大きかったに違いない。





表1:台湾の一人当たりGDP



表2:台湾の失業率



 急成長する中国大陸に優秀な人材と製造施設が吸い寄せられ、台湾経済は徐々に空洞化しつつある。独立志向の強い陳水扁政権の下では中国経済成長の恩恵を十分得られないという不満が高まったのも当然であろう。しかし、台湾経済の停滞と有権者の台湾人意識とは切り離して考えるべきである。



 既に述べた通り、台湾人意識は今や不可逆的な形で台湾社会に定着しつつある。だからこそ、香港生まれの外省人である馬英九は、選挙戦で南部の民家に連日泊り込み、慣れない台湾語で民衆との対話を重ねたのだろう。今回の選挙では、国民党が台湾人の取り込みに成功したのではなく、むしろ「国民党の台湾化」が始まったと考えるべきである。その意味では、李登輝と陳水扁はその歴史的役割を終えつつあるのかもしれない。



中台関係の視点:対中融和は始まるのか 中台関係に移ろう。まずは素朴な疑問から始めたい。台湾では9割の人々が自らを「独立した主権国家」と考えているのに、なぜ中国は台湾の「独立」に反対するのか。また、なぜ中国は民進党ではなく、国民党を好むのか。理由はどちらも極めて政治的である。



 経済的に躍進する中国のアキレス腱は共産党政権の「統治の正統性」(関連記事)だ。中でもその中核は「中国の統一」である。台湾は、その実態がどうであろうと、あくまで「中国(中華)の一部」でなければならない。



 民進党が台湾の「独立」を叫べば叫ぶほど、その影響は台湾にとどまらず、チベット、ウイグルほかの分離独立運動に波及する。その点、国民党は台湾「独立」ではなく「中華」民国を唱えている。



 投票前にチベット問題で逆風が吹き荒れたにもかかわらず、馬英九は圧勝した。中国側は内心安堵していることだろう。しかし、中国が国民党を信用しているわけでは全くない。「独立」を唱えない分だけ、民進党よりは「まし」という程度の話である。



 それでは、馬英九によって対中融和は進むのだろうか。これにはかなり疑問がある。



 選挙中も馬候補はこの点を明確にしていない。中国大陸との「三通」や平和協定の締結を提唱するものの、「台中統一はない」、「チベット問題ではオリンピックのボイコットも辞さない」と述べるなど、対中強硬姿勢も見え隠れする。



 馬英九が「統一でも独立でもない」第3の道を目指すかどうかはまだ分からない。しかし、対中政治関係の改善よりも、経済的関係強化を優先し、台湾経済の拡大を目指すだろうことは容易に想像できる。これに対し、中国側は経済的利益を餌に、時間をかけて台湾の政治的孤立化を図っていくつもりではなかろうか。



 特に、馬英九が提唱する、中台間の敵対状態を解消するための「和平協定」なるものは中国にとって曲者である。下手に協定を締結した後、民進党が政権に復帰すれば、もはや台湾を軍事的に牽制できなくなるからだ。中国にとっては、台湾と一定の緊張関係を保つことも「正統性」の維持に必要なのだ。



 一方、馬の経済優先政策にも弱点がある。政経一体の中国が馬英九の政経分離策に安易に乗るとは思えないからだ。



 経済的に深入りしすぎれば、台湾経済は中国に飲み込まれかねない。政治的に譲歩しすぎれば、今度は国民党が台湾民衆の支持を急速に失いかねない。今後とも馬英九は対中関係で微妙な舵取りを求められるだろう。



グローバルな視点:ナショナリズム政治への反動 続いて、よりグローバルな見地から今回の選挙を検証しよう。



 最近、韓国と台湾で李明博と馬英九が相次いで勝利した。この類似性は単なる偶然ではなかろう。これらは「冷戦」終結後の東アジアに押し寄せた民主化、グローバル化の一局面と見ることもできるからだ。



 冷戦中は反資本主義、反共産主義というイデオロギーだけで独裁体制を維持できた。しかし、イデオロギー対立の終焉により、独裁国家は、新たな「統治の正統性」を国民に提示する必要に迫られる。



 旧東欧社会主義諸国は民主主義を採用して「正統性」の問題を解決した。これに対し、民主主義を受け入れなかった中国、北朝鮮、ベトナムはナショナリズムを鼓吹する手法に生き残りを賭けた。その典型例が90年代の江沢民による抗日愛国主義である。



 これに対し、同じアジアの独裁体制でも、韓国、台湾は90年代に民主選挙を実施した。このとき、野党勢力が有権者の支持を得るためナショナリズムを最大限利用した。



 盧武鉉の対北融和・日本批判や陳水扁の台湾独立志向などはその典型例だ。韓国の場合は反日・反米の朝鮮民族主義が、また台湾の場合は反大陸の台湾人意識がそれぞれ鼓吹された。



 しかし、民族主義に訴える民主選挙は必ずしも成熟した統治を保証しない。盧武鉉、陳水扁両政権に共通するのはアマチュアリズムとナショナリズムが結合した政治手法の拙劣さだった。



 いずれの場合も、野心的な外交政策により対米、対日関係を悪化させた。腐敗や稚拙な国内政治運営により民衆の心も離れていった。馬英九と李明博の圧勝は、こうした未熟なナショナリズム政治に対して国民が反発した結果でもある。



日台関係の視点:日本は影響力を失うのか 最後に、日台関係に簡単に触れたい。キーワードは世代交代だ。



 馬英九の勝利は、台湾で戦前日本の教育を受けた世代が引退を始め、米国で教育を受けた世代がこれに代わりつつあることを暗示している。日本の親台派はこの動きを見誤ってはならないだろう。



 おそらく合理主義者である馬英九には、李登輝のような情に訴える対日アプローチはできない。香港生まれ、米国仕込みの新世代「台湾政治家」として、馬英九は日本、韓国の例も参考にしつつ、小さな政府と市場経済に基づく米国式の構造改革を通じて台湾を変えていこうとするかもしれない。もちろん、台湾の旧世代はこれに反発するだろう。しかし、馬英九が対日関係でも、これまでとは異なる、より合理主義的なアプローチを試みる可能性はあると思われる。



 そう遠くない将来に、日台関係の共通語が日本語から英語になる日が来るだろう。こうした新しい世代の台湾人意識を正確に理解し、適切に対応しなければ、これまで日本語を解する世代を通じて維持されてきた日本の台湾に対する一定の影響力が本当に失われるかもしれない。



宮家 邦彦(みやけ・くにひこ) 1953年生まれ。1978年外務省入省後、外相秘書官、中東第一課長、日米安保条約課長、在中国、イラク大使館公使、中東アフリカ局参事官等を経て、2005年退職。現在、AOI外交政策研究所代表、立命館大学客員教授。